日記

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【植木等「スーダラ節」---NHK「歴史秘話ヒストリア」から】

今夜のNHK「歴史秘話ヒストリア」は、「スーダラ節」である。

私の小学校時代に爆発的に流行した歌で、いつも口ずさんでいる
親友がいた。

「チョイト一杯のつもりで飲んで
 いつの間にやらハシゴ酒」
 気がつきゃホームのベンチでゴロ寝
 これじゃ身体にいいわけないよ
 わかっちゃいるけどやめられない・・・」

合間に、「サラリーマンって、気楽な稼業ときたもんだ」という
セリフが入る。

私は、この歌を植木等が喜び勇んで歌っていたと思っていたが、
当初、植木等はこのような歌を歌っていいのかと苦悩したという。

「スーダラ節」が人気を集めた理由は、当時のサラリーマンへの
憧れだったのだろう。終戦で復員した人の多くが、帰国してから
職探しに苦労していた。

私の父親は「一級建築士」の資格を持っていたので小さな建設会
社に就職した。給料が安いと苦情を言ったら、給料は2倍になり
専務にしてもらったが、それでも私が生まれると生活ができず、
工務店を独立開業した。

清貧の生活で、私のお小遣いは週に50円。土曜日に市場へ買い
物の荷物持ちに付き合うと、お駄賃としてもう10円もらった。

父親の工務店は、体を壊して休業するまでの15年間の収支を合
計しても利益はほとんどなく、家賃収入と株の取引で生活費を
賄っていた。

「子供にはこの商売を継がせられない。お前らは、地元の国公立
大学を出て、大きな会社に就職しろ。」というのが口癖だった。

出入りしていた左官屋さんのご子息は、京都大学に進学した。
従兄弟も京大で、私は父親と同じ神戸大学、弟は阪大へ行った。

確かに、父親の苦労を思えば、サラリーマンは気楽だった。
受注のあるなしに拘わらず、毎月の給料が振り込まれてくる。
揉め事があっても、サラリーマンは何でも会社のせいにして
逃げることができる。

会社人生を通じて一番苦労したのは、社内の人間関係だった。
何かあると「後から槍がとんでくる。」と、よく言われた。
仕事そのものに集中できた人はどれだけあったかと思う。

植木等がこのような歌を歌っていいのかと苦悩した真意とは
何だったのだろうか。


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神戸の風景
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2020年07月01日08:34
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