日記帳

音楽、本、映画、ときどき商売。

2017年8月21日 標語

 標語(キャッチコピー)を思いつきました。「趣味は自己満足 仕事は他者満足」。
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2017年08月21日12:00
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2017年8月20日 第十九話

                   第十九話

 泡と消えたバブル経済は、一体全体、何だったのか。何故起きたのか。その発生のメカニズムは、実に単純だと私は考えます。

                 三ダケ主義

 「一億総中流」を実現し、繁栄を極めた日本の社会を、滅茶苦茶にしたのがバブル経済の発生と崩壊でした。その傷跡は余りに深く、「失われた20年」どころか、未だに後遺症を脱しえない状況が続いています。第二次世界大戦の惨禍に比して優るとも劣らないバブル経済の惨状を、もっと深く反省しなければ、日本経済の真の再生は在り得ない、為し得ないと考えます。バブル経済とは、一体何であったのか。公的正義ではなく私的利益のみを追求した結果であった、と私は考えます。「今ダケ、金ダケ、自分ダケ」の「三ダケ主義」が日本を滅ぼしたのです。
 戦争によってすべてを失った日本人は、戦後ひたすらに「モノ」を持つことを追求しました。飽くなき所有欲が日本人の行動の原動力となって、奇跡的な経済復興を成し遂げたのです。しかしある時点まで日本人は、仏教的世界観と儒教的倫理観を行動の規範としていました。仏教の説く平等主義、儒教の説く修身主義が、我意を越えた公正さの理念を日本人に意識づけていたのです。しかし戦後の繁栄を謳歌する中で、次第に、「今ダケ、金ダケ、自分ダケ」の「三ダケ主義」がはびこっていったのです。商売人は、近江商人の「三方よし」を忘れてしまったのです。
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2017年08月20日12:00
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2017年8月19日 第十八話

 「商道」の第十七話の下書き原稿は、第十五話としてすでに出しています。


                  第十八話

 弊店は戦前、湊川神社の西の有馬道に店が在りました。しかし空襲で焼け出され、戦後、高架下の闇市から再出発しました。

                 一億総中流社会

 太平洋戦争の敗戦で、多くの日本人はすべてを失いました。まさに限りなく零から再出発したのです。何もかも無くなって、何もかも買わなければならなかったので、再開した商店の商品はドンドン売れました。高架下の闇市から再出発した弊店も、「右から左に飛ぶように売れた」と母は懐かしそうに話してくれました。「所得倍増計画」で購買力を身に付けた日本人は、「衣食住」の生活必需品の購入に始まって、「三種の神器」や「3C」と、次第に贅沢品を購入するようになりました。消費者の旺盛な消費意欲に応えるために、新商品の開発、生産の拡大が進み、日本経済は右肩上がりの活況を呈したのです。
 戦後の奇跡的な経済復興は、日本人の勤勉さ、実直さ、不屈の努力の結果でした。外国人から「エコノミック・アニマル」と揶揄されようと、モーレツ社員となって世界中に優秀な国産品を販売し、日本企業に多大な利益をもたらし、会社員に給与として分配されました。その結果、日本人の平均所得は増え続け、「一億総中流社会」が実現したのです。しかし成功体験は、日本人から謙虚さを奪いました。「ジャパン アズ ナンバーワン」とおだてられ驕り高ぶったのです。身の丈を忘れ、分不相応の投資に走った結果、バブル経済が発生し、文字通り、泡の如く崩壊したのです。
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2017年08月19日12:00
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2017年8月18日 第十六話

                第十六話

 小学生の頃、友達の家に遊びに行ったら、お母さんが掃除機で部屋を掃除されているのを見て、とても羨ましかった。我が家は、箒と塵取りでしたから。

               三種の神器と3C

 私の家は須磨で、店は元町でしたから、子供の頃、家と店との行き来は兵庫駅で山陽電車と国鉄に乗り換えました。幼心に、兵庫の駅前に人力車が停まっていた記憶が、おぼろげながらあるのですが、いつの頃からか街頭テレビが高い台の上に据えられて、その周りで沢山の人がテレビに見入っていたことも記憶に残っています。
 私が物心の付いた頃は丁度、「神武景気」「岩戸景気」で、戦争の惨禍から立ち上がり、日本経済が復興へ力強く歩み始めた時代でした。その牽引役は、「三種の神器」に例えられた白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの家電製品でした。「三種の神器」は当時の日本人にとって「豊かさ」の象徴だった。戦争ですべてを失った日本人が、「モノ」を持つことへの執着、物欲を満たすために、「三種の神器」をはじめとする諸々の「モノ」をひたすらに買い求めたのです。
 旺盛な購買力に支えられて日本経済は拡大し続けました。「3C」と呼ばれたカラーテレビ、クーラー、自動車を所有することが、日本人の憧れとなり、ステータスとなった。「モノ」が飛ぶように売れた時代だった。「モノ」を買い続けるために、ひたすら日本人は働きました。その奮闘努力によって、日本は、右肩上がりの高度成長を成し遂げたのです。ところが、その結果、どこのお宅にも「モノ」が溢れ、「モノ」余りの現象が起きたのです。
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2017年08月18日12:00
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2017年8月17日 第十五話 

 「商道」の下書き原稿ですが、順番が色々入れ替わります。


                    第十五話

 母は、後ろを振り返らない、いつも前を向いて生きていました。ですから母の口から昔の話を聞くことは余りありませんでした。戦争の話とか。

                   戦前・戦後

 私は、戦争を知らない子供ですが、両親は、戦争を経験しました。しかし両親から戦争の話を聞いたことはありません。両親は、戦争の話を私に語り聞かせることはなかったけれど、戦争によって世の中が引っくり返る未曽有の経験をしました。第二次世界大戦は、日本の社会を180度転換する歴史的大変革を起こしましたが、戦前、戦中、戦後を生きた日本人は、戦争体験によって大きく生き方を、考え方を変えました。価値観の転換が起きたのです。
 第二次世界大戦は、ほとんどすべての日本人に「欠乏」を強要しました。「欲シガリマセン勝マデハ」「贅沢ハ敵ダ」と叩き込まれた挙句、戦争で、ありとあらゆる「モノ」を失うという悲惨な経験を強いられたのですが、とりわけ戦後の食糧不足は、日本人に「モノ」を持つことを強迫したのです。それは、戦中、戦後を生きながらえた日本人が、自らの命、家族の命を守り抜くために「モノ」を持たねばならなかった、「モノ」への飽くなき執着が日本人の心を捉えたのです。戦後、日本人は衣食住すべての「モノ」を持つためにモーレツに働きました。「モノ」を持つことが夢であり、「モノ」を持つことがステータスだったのです。
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2017年08月17日12:00
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2017年8月16日 トンビ

 岩屋港は漁港でもあるので、その所為かトンビが低く飛んでいて、時折、屋根の上や堤防に止まっていました。トンビが止まっているのを見るのは初めてでした。







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2017年08月16日18:01
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2017年8月16日 絵島

 岩屋港のすぐ横手に絵島と呼ばれる奇岩があって、天辺に鳥居が立っています。















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2017年08月16日12:00
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2017年8月15日 明石架橋

 明石から岩屋に渡る船の上から、明石架橋が目の前に見えて、なかなかの景観でした。















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2017年08月15日18:00
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2017年8月15日 淡路ジュノバライン

 明石公園を出て、真っすぐ南に下って、明石港に行き、淡路ジュノバラインの船に乗って岩屋に行きました。船に乗るのは初めての孫娘は大はしゃぎでした。















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2017年08月15日12:00
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2017年8月14日  野鳥

 明石公園は、この2月に来たときは、色々な種類の野鳥がいて、野鳥の楽園だと思ったのですが、さすがに夏は種類が少なくて、ムクドリ、ハクセキレイ、ハクチョウでした。















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2017年08月14日18:00
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2017年8月14日 カブトムシ

 明石城は天守閣が築城されなかったのですが、東西に立派な櫓が建っています。城跡に上る坂道で家内がカブトムシのメスを見つけて孫娘の帽子に止まらせると大喜びでした。明石公園を散歩した後、園内のレストランでカレーライスを食べました。















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2017年08月14日12:00
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2017年8月13日 アオサギ

 明石公園の園内には大きな池があってアオサギが沢山、生息しています。この2月に来た時に、池の周りの大きな樹の天辺で、アオサギが沢山、営巣していて驚いたのですが、その雛たちが成長しているようです。アオサギの親鳥が池の中で飛んでいました。















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2017年08月13日18:00
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2017年8月13日 明石公園

 娘と孫娘と一緒にお墓参りをして「しあわせの村」で遊んだ翌日、9日の水曜日は、私にはついぞ珍しく連休して、明石市立文化博物館に展覧会を見に行きました。夏の風物詩?のお化け大会のような企画でした。孫娘が怖がるかと思いきや全然そんなことはありませんでした。文化博物館を出て、すぐ向かい側の明石公園に行きました。江戸時代に築城された明石城の城跡だけあって石垣がなかなかです。















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2017年08月13日12:00
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2017年8月12日 野鳥

 私が野鳥撮影にハマッタのは、去年の正月に奥須磨公園でカワセミに遭遇したからですが、その一週間後、「しあわせの村」に、娘と孫娘と一緒に遊びに行ったとき、カワセミに再遭遇したのが決定的でした。その時、カワセミに遭遇したのは日本庭園だったのですが、今回も色々な野鳥に出会えました。















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2017年08月12日18:00
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2017年8月12日 こどもの国

 プールで泳いだ後、こどもの園というトリムランドに行きました。去年のお正月に「しあわせの村」に来た時、園内を散歩していてトリムランドを見つけたのですが、その時は午後5時の閉門を過ぎていて遊べなかったので、今回、中に入ったのですが、なかなか素晴しい施設でした。孫娘はオオハシャギで冒険コースを楽しんでいました。















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2017年08月12日15:00
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