日記帳

音楽、本、映画、ときどき商売。

2010年7月30日 VSOP

 「丸太や」独自のホームページを立ち上げることを、私に、強く勧められた、「KIC」の佐藤勝昭さんは、「ホームページで大切なのは、『VSOP』、です。ヴァイタリティーの『V』、と、スペシャリティーの『S』、と、オリジナリティーの『O』、と、パーソナリティーの『P』、です。お店には、『VSOP』が、すべて揃っています」、と口どかれたのです。その言葉は、商売は、商品は、私の生き方だ、と考えている私には、とても説得力がありました。
 当時、パソコンを触ったことが無い、メールを交わしたことも無い、インターネットの何たるかを全然知らない、私でしたが、佐藤勝昭さんが、まさに、手取り足取りして、私を、インターネットの世界に誘ってくださいました。それから、少しずつ、インターネットの世界に分け入り、「丸太やホームページ」を作り上げていきました。3年前には、全面リニューアルして、「丸太やホームページ」という店舗を、新装開店いたしました。
 私は、「丸太やホームページ」を立ち上げて、14年、本当に、色々、勉強させていただきました。「こうべブログ」を書き続けているのも、ある意味、その成果でしょう。インターネットの世界に、未来を感じればこそ、希望を抱けばこそ、「丸太やホームページ」を大切に、管理運営しています。それは、「丸太やホームページ」が、神戸元町商店街に在る店舗と同じように、「丸太や」の商売、商品を、見ていただく大切な店舗だからです。神戸元町商店街の店舗と同じように、私の生き方を知っていただく店舗だからです。私の生き方を、いつか、どこかで、誰かと、共感しあえる、大切な出会いの場だからです。
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2010年07月30日12:00
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2010年7月29日 店舗

 商売が出会いなら、良い商売をしようとするなら、出会いを求めねばなりません。より実り多き出会いを。出会いの場は、店舗です。店舗を通して、私の生き方を見ていただく、知っていただく。今、「丸太や」には、二つの店舗があります。神戸元町商店街に在る店舗と、インターネット上に在る店舗と。14年前までは、神戸元町商店街の店舗だけでした。
 私は、「丸太や」の経営を担うようになって3年目、今から23年前、店舗の改装に踏み切りました。都市再開発事業として新築した店舗が、築後15年が経ち、床や壁が汚れたり破れたりしていました。「折角、一等地に店舗を構えていながら、甲斐性無しやな」、と叱られたこともあって、思い切って改装に踏み切ったのです。それからも、折々に改装を繰り返しました。この23年の間に、「丸太や」の商売が、時代の変化に伴って、ドンドン、変化していったからです。商売が、何より、商品が変わりました。その変化に対応するために、店舗を変えていく必要があったのです。
 店舗の、「店」とは、「みせ」であり、「たな」です。店舗とは、商売を「みせ」る所であり、商品を陳列する「たな」なのです。商売が変われば、商品が変われば、おのずと、その変化に対応して、店舗も変えていかねばならないのです。この23年間の店舗の変遷は、「丸太や」の商売の、商品の、変遷そのものでありました。
 そして、14年前、「丸太や」に、画期的な新店舗が生まれたのです。「丸太やホームページ」、です。震災後、元町1番街商店街振興組合の理事に就任し、事業部員になった私は、元町1番街の事業活動に係わる中で、元町1番街のホームページ制作に立ち会いました。元町1番街ホームページの制作を担当されることになった、「KIC」の佐藤勝昭さんは、個店紹介の取材に、「丸太や」に来店され、「丸太や」の商売をご覧になられて、弊店独自のホームページの作成を強く勧められたのです。
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2010年07月29日12:00
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2010年7月28日 購買意欲

 購買意欲が、生きることへの意欲であるなら、より楽しい、より心地よい、より満ち足りた生活への意欲、と言い換えられる。であるなら、より楽しい、より心地よい、より満ち足りた生活への提案が、購買意欲を創り出す、と言えるのではないか。より楽しい、より心地よい、より満ち足りた生活への提案を、いかに、鮮明に明示するか、が商売の第一歩になるのです。
 商売の第一歩を踏み出すために、では何が大事なのか。それは、商売人自身が、より楽しい、より心地よい、より満ち足りた生活とは何か、を明確に把握することです。奇跡のように、私たちに与えられた人生、しかし限りある人生、を如何に生きるのか、と問うことの中から、商売は始まる、と私は考えます。
 「丸太や」の商売は、私の生き方から生まれました。「丸太や」の商品は、私の生き方そのものなのです。だから、私の生き方に共感してくださる方との出会いを、私は探し求め続けてきました。それが、私にとっての商売でした。
 私は、ある時、文を書くことは、恥を掻くことだ、と気付きました。なぜなら、文に書かれるのは、自分自身だから、恥多き自分自身だから。今、商売もまた、私自身の生き方である、と気付きました。しかし、決して、「丸太や」の商売を恥ずかしいとは思わない。「丸太や」の商売が、私の生き方であるなら、私は、私なりに、一生懸命、生きてきたから。
 商売は、今どき大変です。零細小売業者にとっては、尚更。しかし、私は、商売がシンドイ、と思うことはあっても、辛い、とか、苦しい、とか、と思ったことはありません。楽しい。なぜ、楽しいか。それは、商売が、出会いだから。いつかどこかで、同じ事を感じていた、考えていた人との出会いだから。出会いに優る喜びは、人生、他にないのです。
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2010年07月28日12:00
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2010年7月27日 無理

 買いたくて、かつ、買うお金のある人に買ってもらう、というのが、商売の原則であり、王道である、と私は考えます。買いたくない人に売る、買うお金のない人に売る、というのは、商売の原則に反する邪道である、と考えます。当然のことながら、買いたくない人に売る、買うお金のない人に売る、のは無理がある。無理を強いることは、道理に反します。
 買いたくて、かつ、買うお金のある人に買ってもらう、という商売は、しかし、この状況では、極めて困難です。誰だって、道理に反する商売をしたいなどとは、夢にも考えていない。しかし、売れてナンボ、の商売が、売れなければ、まさに、商売にならない。藁をもすがる思いで、買う気のない人に買わせようとする、買うお金の無い人に買わせようとする。しかし、無理は、土台、無理なのです。
 どんなにシンドクても、買いたくて、かつ、買うお金のある人に買ってもらう、という商売の鉄則にのっとって、ガンバルしかない。お客様が、買いたくても買うお金が無い、足りない、という目下の環境は、残念ながら、商売人である私の、如何ともしがたい状況です。しかし、お客様が、買いたい、と気持ちを動かしてくださるような心境は、商売人である私の、努力次第で創出できるのです。
 お客様の購買意欲を創り出すこと、まさに、そのことの中に、商売の原点、出発点がある。ところが、購買意欲は、何処から生まれるのか、と考えた時、そのことは、とりもなおさず、人間とは何か、生きるとは何か、を考えなければならないことに気付きます。私は、震災直後の茫然自失の状態から立ち直った時、私の中に、ありとあらゆる欲望がうごめき始めたのを感じました。私は、その時、生きる、とは、生きることへの意欲だ、と感じました。物欲、食欲、性欲、それらすべての欲望は、生きることへの意欲なのだ、と。購買意欲もまた、人間にとって、生きることへの、大切な意欲なのです。
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2010年07月27日12:00
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2010年7月26日 誤解

 しかし、世の中、買いたく無い人に売る、お金の無い人に売る、それが商売だ、と誤解されておられる御仁がおられる。買いたくない人に、どう売りつけるか、お金の無い人に、どう売りつけるか、それを、あの手この手で、やる。さして買う気の無いお客様に、閉店もしないのに「閉店セール」を、やる。商品は山程あるのに、「限定販売」を、やる。営業時間中、ずっと、「タイムセール」を、やる。お金の無い人には、「ローン販売」を、やる。ポイントが貯まる、と「クレジットカード販売」を、やる。
 弊店では、昨年の12月から、急激に販売不振に陥りました。私の推測では、「割賦販売法改正」の施行の影響ではないか。ある時点まで、世の中挙げて、お金の無い人にも、ドンドン、買物をさせようと、「ローン販売」を、やった。結果、返済不能に陥る人が続出した。その結果、3年前だったか、金融庁がローン会社に対して、過剰与信の禁止を指導した。その結果、それまでは、ほとんど無審査でローン契約が為されたのに、たちまち、ローン契約できない消費者が続出した。昨年12月の「割賦販売法改正」によって、クレジットカードによる割賦決裁の総額が、厳しく査定された。結果、クレジットカードによる割賦販売が著しく規制され、クレジットカードで買物できない人が続出した。
 私は、ローンであれ、クレジットカードであれ、割賦販売が、消費者の支払い能力に応じて為されることは、極めて重要なことであると考えます。弊店では、震災後、「ローン販売」は、絶無、皆無です。割賦販売の規制自体は、当然であり、健全です。問題は、これまで、販売会社、ローン会社、クレジットカード会社が、消費者に、割賦販売を、過度に勧誘したことにあると考えます。買いたく無い人に売る、お金の無い人に売る、という商売が横行すると、商売、どんどんおかしくなって、商売に止まらず、世の中が、どんどんおかしくなっていく。買いたくて、かつ、買うお金のある人に買ってもらう、という商売を徹底実行することが、今、零細小売業者にとって、何より重要であり、その実行を支援することが、真の景気対策である、と考えます。
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2010年07月26日12:00
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2010年7月25日 景気対策

 私のような零細小売業者にとって、景気対策とは、モノが売れるようになることです。では、どうしたら、モノが売れるのか。モノが売れるのには大原則がある。買いたくて、お金がある人に買ってもらう、という大原則が。ですから、商売の大原則の、其の一、は、お客様に商品を買いたくなっていただくことです。商品を買いたくないお客様は、普通だったら、買わない。ということは、売れない。商売で、何より大事なことは、お客様に商品を買いたくなっていただくことです。お客様が買いたくなるように、商品内容、販売方法を、周到に準備し、果敢に実行することです。商品の開発、確保、商品の告知、宣伝、商品の展示、展開、それらが相俟って、お客様の消費意欲を掻き立てるのです。ということは、お客様に商品を買いたくなっていただく、という第一原則は、これは、個々の商売人の自助努力以外の何ものでもない。個々の商売人が、自分自身で努力するしかない。他人が、どうこう出来るものではないのです。
 ところが、モノが売れる大原則の、其の二、は、商品を買いたくなったお客様が、買いたくなった商品を買えるお金を持っていることです。私が、察するに、今、モノが売れないのは、まさに、お客様がお金を持っておられない、もしくは、足りない、乏しい、のです。買いたい商品があるのに、お金が無いから買えない。だから、モノが売れないのです。この、お金を持っておられるお客様に買っていただく、という商売の第二原則、すなわち、お客様が買いたい商品を買うお金を持っている、という状態、これは、個々の商売人が、自助努力でどうにかなる、という問題ではない。まさに、社会問題、強いて言うと、政治問題なのです。であるなる、政治が為すべき景気対策は、お客様が、買いたい商品を買うだけのお金を持てるようにすることです。月並みな言い方ですが、格差是正、富の公平な分配、それが、しっかりと為されなければ、モノが売れない状況は、決して変わらないでしょう。貧困率が、年々、増大する日本の状況は、零細小売業者にとっては、自助努力の限界を超えているのです。
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2010年07月25日12:00
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2010年7月24日 身銭

 身銭を切るのは、多分、誰にとっても辛い。なぜなら、お金が無いから。そうそう、気楽に使えるお金を持った人は、世の中、おいそれと、いらっしゃらない。無い袖は振れないところを、どうにかこうにか、やりくりしている。ところが、他人のお金、となると、たちまち、使うことに痛みがない、ことが往々にあるかもしれない。しかし、他人のお金、と思いきや、実は、自分のお金、かもしれない。金は天下の回り物だから。そういう意味では、他人のお金も、身銭切る痛みを持って使わねばならない。身銭を切るつもりで、慎重の上にも慎重に、石橋を叩いて渡る心境が必要です。
 自分の事なら、自分の商売なら、当然のことのように、慎重の上にも慎重に、お金を使う。無け無しの金だから。ドブに棄てるような、死に金、無駄金、は、金輪際、使えるものではない。使ったお金が、願わくば、元金保障、配当一杯、になるよう、願掛けて使う。きっと、そういう風に使われるお金は、生きて還ってくるでしょう。先行投資の役割を、しっかりと果たして。
 私は、真の景気対策とは、その為の対策だと考えます。具体的に、どうだこうだ、とは言えませんが。業種によって、業態によって、地域によって、規模によって、違ってくるでしょうが。私にような、零細小売業者の立場では、やはり、販売促進、の一語に尽きる。ところが、今どき、本当に、モノが売れない。だから、モノが売れるようになるための施策こそ景気対策です。
 では、どうしたら、モノが売れるのか。私は、最近、発見したのです。モノが売れる原則を。結論で言うと、商売は、買いたくて、お金がある人にしか買ってもらえない、という大原則、大原理がある。買いたく無い人に売ろうとするから、お金の無い人に売ろうとするから、商売、どんどんおかしくなって、商売に止まらず、世の中が、どんどんおかしくなっていく。買いたくて、かつ、買うお金のある人に買ってもらう、という商売を徹底実行することが、今、零細小売業者にとって、何より重要であり、その実行を支援することが、真の景気対策である、と考えます。
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2010年07月24日12:00
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2010年7月23日 活性化

 去る、3月に、神戸市内で、さる音楽イベントが開催されました。このイベントは、中小企業庁の「平成21年度 地域商店街活性化事業」として認定され、助成金を支給されて実施されました。この「平成21年度 地域商店街活性化事業」は、北は北海道から、南は沖縄まで、全国津々浦々の、合計157の商店街で実施されています。私は、単純に、神戸市内で実施された音楽イベントへの助成金の額に、157を掛けて計算すると、実に、膨大な税金が「平成21年度 地域商店街活性化事業」に投入されたことが推測されます。私が発言したいことの趣旨は、「平成21年度 地域商店街活性化事業」なるものが、投入された莫大な税金に見合う成果が得られたのかどうか、という一点です。
 私は、震災の年、初めて、元町1番街商店街振興組合の理事に就任し、以降、元町商店街で、様々な活動を続けてまいりました。なぜ、本業を措いて、時間と労力を懸けて、商店街活動に取り組んだのか、それは、偏に、元町商店街の活性化に寄与するなら、との一心でした。なぜなら、元町商店街の活性化は、誰の為でもない、そこに店舗を持ち、商売をする私の為だからです。ほぼ、12年間、商店街活動を続ける中で、私は、実に多くのことを、学びました、知りました。私が、12年間の経験の中で得た結論のひとつは、やはり、無駄を排す、ということです。商店街活動の原資は、組合費です。組合費は、商店街に店舗を持つ組合員の拠出金です。さらに、商店街活動で助成金を預かることもありますが、それは税金であり、それもまた、ある意味で組合員の税金でもあります。
 商店街活動は、組合員の資金を預かって事業を行う、という原則を、私は、決して、片時も忘れてはならない、と自分自身に言い聞かせてきました。私が、「元町ミュージックウィーク」を始めた時、第1回目から、多額の組合費を事業費として預かりました。私は、その時、もし、この事業費を、元町商店街300店舗、一軒一軒回って、開催の趣旨を説明し、ご理解を頂いて、一軒一軒から、直接、頂戴するとしたら、一体、何店舗が、快く応じてくださるだろう、と考えました。おそらく、相当多数の店舗から疑問、質問、異論、反論を頂戴したことでしょう。当たり前です。身銭を切ることほど、商売人にとって辛いものはない。きっと、ケンモホロロに断るお店がたくさんあったことでしょう。
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2010年07月23日12:00
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2010年7月22日 地域振興券

 例えば、卑近な例で言うと、昨年の春、定額給付金、なるものが時の政府によって、配布されました。景気対策だそうです。私は、調べたわけではありませんが、この定額給付金なるものの総額がいくらであったのか、ということより、定額給付金を配布するために、如何ほどの費用が発生したのか。そして、その経費が、定額給付金に対して、どれほどの比率を占めたのか、ということです。当然、定額給付金の原資が税金であり、定額給付金の配布に係わるすべての経費も税金です。であるなら、定額給付金の配布にために費やされた税金は、定額給付金本体と、経費の合算になる。とすると、定額給付金の景気対策効果は、配布総額から、少なくとも、配布のための諸経費を引いておかねばならない。
 さらに、定額給付金の配布に呼応して、全国津々浦々の自治体で、地域振興券なるものが販売されました。定額給付金を地域に還元して振興を図ることを目的として。しかし、この地域振興券なるものも、その発券、販売、告知、換金、等に費用が発生した。その費用は、地域振興券の受益者と、自治体が負担しましたが、負担の割合は、地域によって、異なっていたそうです。しかし、誰が負担しようと、地域振興券に、多大な経費が発生したことは、事実です。であるなら、地域振興券の経済波及効果なるものも、当然、費用分を減じなければならないし、本来、現金で買ってくださるはずの消費者が、地域振興券を使うことが、本当に景気対策になったのか、大いに疑問です。
 私が、申し上げたいのは、景気対策と言う名のもとに、本来不必要な経費が、莫大な経費が浪費されていることです。その経費は、本来の景気対策の効果を、間違いなく減じている。無駄、としか言いようがありません。そういう無駄な経費を、本当に必要な景気対策のために使っていただきたいのです。
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2010年07月22日12:00
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2010年7月21日 無駄

 私も、37年間、呉服屋をやってきて、商売をやってきて、最近、落ち着いた結論、というのは、無駄を無くす、ということが大事ではないか。なぜ、無駄を無くすことが大事か。まさに、無駄は無駄、だからです。ところで、もうひとつ大事なことは、何を持って、無駄、となすか、ということです。言葉の綾で言うと、無駄ではない無駄もある。
 無駄ではない無駄、とは何か。生産的な無駄、創造的な無駄、要するに、何かを生み出す無駄がある。人生の回り道。流行の言葉で言うと、スロー・ライフ、でしょうか。芸は身を助く、が如き、趣味、道楽。袖触れ合うも他生の縁、が如き、人間関係、人脈。
 しかし、一方、即座に、切って棄てなければならない無駄がある。ただ、惰性で、怠慢で、引きずっている無駄がある。今日、ここに至って、無駄を承知で、無駄を抱え込む余裕は、私にも、店にも、街にも、国にも、まるで無い。
 なぜ、無駄を切り捨てねばならないのか。それは、生産的な行為、創造的な行為の原資が必要だからです。必要不可欠な投資のための。商売を例に取ると、商品の仕入れ、店舗の整備、広告宣伝、など、どれをとっても、商売上、必要不可欠です。その資金は、営業利益の中からしか生まれない。虎の子の営業利益を、いかに無駄なく、営業資金に回すか、が最重要です。そこに、無駄を抱える隙間は、寸分も無い。
 弊店は、バブル経済崩壊後の右肩下がりの売り上げ減少の中で、ひたすら、経費の削減に努力してきました。売り上げは落ちた。しかし、経費を落とすことが出来た。だから、今尚、商売を続けることが出来るのです。しかし、世の中全体は、どうなのか。私の眼には、まだまだ、無駄が一杯ある。私は、真の景気対策とは、無駄の排除、無駄の一掃である、と思うのです。
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2010年07月21日12:00
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2010年7月20日 エコ対策

 クーラーが壊れて、買い換えもママならず、已む無く、扇風機を持ち出して、使い始めたのですが、これが、ナカナカ良い。一番、良いのは、多分、電気代が、クーラーより、はるかに安くて済むでしょう。もう少し大きく言うと、何より、環境に良い。クーラーは、室内機から冷気を吹き込むために、室外機から、多分、それに匹敵する熱気を吐き出す。外部環境には、全然、優しくないのです。その点、扇風機は、空気をかき回すだけだから、外部環境に、なんの負荷もおわせない。
 いつの頃からか、去年ぐらいからでしょうか、エコ減税、とか、エコポイントとか、エコ助成金、とか、なにかそういうものが世の中で実施されているそうで、私自身は、一向、興味が無いのですが、どうも、そういうことが行われているらしいのです。地球環境を守るための、環境対策だそうですが、素朴に、本当に、環境対策になるのですか?と質問したくなります。ハッキリ言って、疑問です。具体的なことは書きませんが。実のところ、景気対策ではないか。
 環境対策と言う名の、景気対策ならば、景気対策は、それはそれで結構です。しかし、その景気対策の恩恵を受けるのが、一部の業界、一部の企業であるとするなら、大いに疑問です。なぜなら、その財源が、税金だからです。税金は、基本的に、公平な負担を原則とします。消費税は、その最たるものでしょう。「揺り篭から墓場まで」、まさに、生まれてから死ぬまで、すべての日本人が、生きている限り、生きていくための生活費の全てに、等しく、消費税と言う、税負担がかかるのです。全ての日本人が公平に負担する税金が、特定の業界、企業の景気対策に投入されることが、正しいのでしょうか、許されるのでしょうか。例えば、呉服屋である私からすると、なぜ、着物を買うと、減税の恩恵を受けられないのでしょう。なぜ、エコポイントで着物は買えないのでしょう。
 私からすると、エコ対策とは、景気対策であり、実は、企業エゴへの、エコ贔屓ではないか、と思えるのです。私は、このブログで、政治、宗教、社会、等に係わる問題は、あえて言及しないことを原則にしています。しかし、事、商売に係わる問題は、死活問題なので、触れざるを得ません。私が、一番、言いたいことは、本当に、着実な、公平な、景気対策とは何か、を、小手先ではなく、根本的に考えないとならないのではないか、ということなのです。
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2010年07月20日12:00
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2010年7月19日 扇風機

 今回、レコードプレーヤーが不調に陥った原因が、梅雨の高湿度であったとするなら、室内の高湿度の原因は、冷房機の不調です。しかし、クーラーを付け替える余裕の無い状態なので、暑さをしのぐのに、目下、扇風機を持ち出して使っています。37年間、私の部屋では、クーラーを使い続けていたので、扇風機を使うのは、本当に久し振りですが、使ってみて、意外と、扇風機、良いかも、と気に入っています。
 あえて私が事新しく言うまでも無く、冷房機と扇風機は、全く別物です。冷房機は温度を下げる機械、扇風機は空気を動かす機械です。冷房機で涼を感じるのは、室温が下るからで、扇風機で涼を感じるのは、身体の熱気が散じるからです。クーラーは、確かに、室温が下がるのは下りますが、冷気が下に下に溜まるので、下手をすると、頭部に比べると、足元が冷えすぎるきらいがある。人体には如何なものか。扇風機は、日本の夏特有の、蒸し暑さには、必ずしも最適ではないかもしれないけれど、ある程度の気温と湿度ならば、涼風清々し。唯、クーラーは、部屋を閉め切って使用すると、より効果的ですが、扇風機は、部屋を閉め切ると、室内にこもった熱気を、いたずらに攪拌するだけなので、出来れば、よりオープンな状態で使いたい。となると、私のように、レコードを聴いたり、チェロを弾いたりする人間には、部屋を開け放たないといけないのは、扇風機の弱点です。
 といっても、私が、日がな一日、レコードを聴き続けたり、チェロを弾き続けているわけではないので、本を読むとか、うたた寝をするとか、だったら、部屋が開放されているのは、むしろ気持ちが良い。何より、私が、密かに、大いに期待しているのは、電気代です。きっと、クーラーを使用している時よりは、きっと、電気代が嵩張らないのではないか。1円でも節約したい財政状況では、電気代が節約できれば、これほど、ありがたいことはありません。
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2010年07月19日12:00
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2010年7月18日 月とスッポン

 私は、「神は細部に宿る」、という言葉が好きです。しかし、「神は細部に宿る」、という言葉が好きであることと、実行していることとの間には、月とスッポンほどの距離がある。どう強弁しても、私が、「神は細部に宿る」、という言葉を実行している、とは言いかねます。凡夫である私は、いつも、妥協に走り、絶えず、怠惰に流れる。しかし、「神は細部に宿る」、という言葉が好きであることは、嘘偽りの無い心情です。なぜなら、確かにそうだ、と考えるからです。
 オーディオ機器の使いこなしで大事なことは、調整です。可能な限り、妥協しないで調整すると、それだけの成果は、必ずある。再生する音に表れる。私もまた、良い音で音楽を聴きたい、という一心で、可能な限り、妥協しないで調整してきました。その結果、満足の出来る音が聴けたとき、鳴らせたとき、「神は細部に宿る」、という言葉が実感を持って納得できるのです。
 今回、思いがけないアクシデントで、レコードプレーヤーの水平を、再調整して、あらためて、調整の重要さを痛感しました。そのことは、同時に、私に、絶えず、足元を見直すことの大切さを知らしめました。一度、きちっとやり終えると、なんとなく、ずっと、そのままの良い状態が続く、という気になります。しかし、時の経過と共に、当初の精度が劣化していくことが、往々にして起きうるのです。慣れ、と、思い込み、と、慢心、とによって。自分の生き方、商売の仕方、も、きっと、いつの間にか、劣化しているのかもしれません。思いがけないアクシデントで、それと気付くまで。
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2010年07月18日12:00
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2010年7月17日 再調整

 水準器を持ち出して、レコードプレーヤーに置いてみると、ヤッパリ!狂っていた。といっても、極端にずれているわけではなく、水準器の気泡が、中心円の中には入っているけれど、明らかに、ずれているのです。「YAMAHA GT2000X」の脚を、「ピンポイントブロック YPB−1」に交換しているので、レコードプレーヤの水平の調整は、ピンポイントブロックの底に、フェルト、とか、ゴム、とかを挟み込んで高さを調整しないといけない。ところが、レコードプレーヤー自体が総重量、ナント、50キロを越えるので、微調整するために、何度も、レコードプレーヤーを持ち上げないと出来ないので、大変です。しかし、そこを妥協しないで調整しないといけない。今回も、がんばって、再調整しました。
 すると、音揺れの症状が随分改善されました。まだ完璧ではないけれど、これはやはり高湿度の悪影響でしょう。どうも、今日ぐらい、梅雨が明けそうなので、梅雨明け以降に期待しましょう。しかし、今回、レコードプレーヤーの水平を再調整して、あらためて調整の大事さを痛感しました。なぜ、レコードプレーヤーの水平を確保する必要があるのか、それは、ダイレクトドライブ方式のレコードプレーヤーの場合、モーターの回転軸が、そのまま、ターンテーブルの中心軸になるからです。もし、レコードプレーヤー本体が傾斜している場合、モーターの回転軸もまた傾いている。すると、軸受けの部分に、不要な圧力が掛かる。回転軸と軸受けの間に、不要な圧力が掛かると、摩擦が生じて、滑らかな回転が損なわれるのです。さらに、摩擦に伴う振動が、フォノカートリッジによってピックアップされて雑音を生じることになるのです。
 正しく、水平に設置されたレコードプレーヤーの場合、モーターの回転軸は、軸受けの摩擦を最小にすることが可能になります。作動状態のイメージは、ターンテーブルが回転している状態が、駒が回転している状態と近似であります。つまり、中心軸が、一切、ぶれなければ、駒は、100パーセント静止した状態で回転し続けるのです。我が愛機のターンテーブルは、ナント、18キロあります。巨大な重量のターテーブルが、静止状態で回転し続ければ、これほど、安定した再生状態は無いのです。
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2010年07月17日12:00
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2010年7月16日 水準器

 突然、レコードプレーヤーに音揺れ症状が発生し、原因は、異常な高湿度ではないか、と判断したのですが、「ストロボスコープ」という、直径10センチほどの円盤で、周囲に放射状に線が刻まれている器具をターンテーブルに載せて回転速度を測定しましたが、特に異常は見られませんでした。サーボ回路に不具合が生じて、回転速度が不安定になっている、という状態ではありません。しかし、何度、試聴しても、やはり音揺れがしている。一体、何が障害になっているのだろう、とアレヤコレヤ、思い当たるところを検討しました。
 しかし、色々やった挙句、結局、症状は改善されないので、一端は諦めて、梅雨が明けて、湿度が下るのを待つしかないか、と諦めかけたのですが、ふと、ひょっとすると、レコードプレーヤーの水平が狂っているのではないか、と思いつきました。オーディオ機器の取り扱いで、一番、重要なのは、調整です。レコードプレーヤーの場合、何よりまず、レコードプレーヤー自体を水平に設置することが、基本中の基本です。レコードプレーヤーが水平に設置されているかどうかを確認するのに必要な道具は、水準器です。私は、何より、まず、レコードプレーヤーの水平を確保することが最重要だ、と考えていましたので、水準器も、直径8センチの精密な器具を用いていました。さらに、レコードプレーヤー上に水準器を、常時、置いて、絶えず、水平が狂わないようにチェックしていました。
 ところが、1年前だったか、いつだったか忘れましたが、レコードプレーヤの水平が、そんなにショッチュウ狂うわけではないので、美観上も、水準器を置き続ける必要があるかしら、と考えて、水準器を片付けていたのです。もしかした、いつの間にか、レコードプレーヤの水平がずれてしまったかもしれない、と水準器を、あらためて持ち出しました。
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ものみ
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