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    <title><![CDATA[日記帳]]></title>
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    <description><![CDATA[音楽、本、映画、ときどき商売。]]></description>
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    <title><![CDATA[こうべブログ（KOBE Blog）]]></title>
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    <title><![CDATA[２００９年１月６日　希望]]></title>
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    <dc:date>2009-01-06T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　私が、２００９年の商売に、希望を抱くのは、世を挙げて、インターネット時代に突入しているからです。インターネット時代が到来する、と言われて久しい。しかし、実際に、インターネット時代が到来した、現在、その可能性は、驚くべきものがある。危険性も、また。インターネットによって、社会は変わった、激変した。その加速度的変化が、これから、どう社会を変え、激変させるのか、予測は不可能に近いのではないか。<br />
　まさに、革命です。字義通り、永久革命。何処までも、果てることなく、インターネットは社会を変えていくでしょう、激変させていくでしょう。もう、後戻りは出来ない、賽は投げられた、としたら、インターネット革命を、成功させねばならない。革命に、犠牲が不可避であるとしても、その犠牲を最小限度に留めながら、インターネット革命を遂行していかねばならない。<br />
　インターネット革命、とは、詰まるところ、情報革命でしょう。今、まさに、情報の伝達手段に、大変革が起きている。かつて、情報伝達の担い手であったメディアが、インターネット革命によって、没落しようとしています。かつて、市民革命で、貴族が没落していったように。私は、今、ハタト、商売もまた、情報伝達の一翼を担っていたことに気付きました。商品、という情報を伝達していた。だから、今、インターネット販売で、既存の商売が没落していこうとしている。当然と言えば当然なのです。<br />
　没落貴族に陥るのか、新興勢力に入るのか、道は、二つに一つ。生き残る道は、インターネットで情報発信する側に立つことしかない。今から、１２年前、１９９７年、「ＫＩＣ」の佐藤勝昭さんが、ホームページの制作を、強く強く、私に、勧めてくださいました。私は、その誘いに、躊躇った。インターネットなるものに、無知だったから。インターネットなるものが、未知だったから。しかし、私は、賽を投げた。インターネットに賭けた。あれから、１２年。いよいよ、インターネット時代が到来した。今、「丸太や」は、インターネットで情報発信する側に立っている。立てているからこそ、希望を抱きます。<br />
]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

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    <title><![CDATA[２００９年１月５日　期待]]></title>
    <link>http://kobeblog.net/u/55264a/LBPJfKWCnGAmo0tqTupw</link>
    <dc:date>2009-01-05T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　今年の商売に、私が、自信、とまでは言わないまでも、期待、を持つのは、カラ元気、では無く、それなりの根拠があります。その根拠、とは、昨年、新たな染織作家との出会いを頂いたからです。お一方は、「西陣坐佐織」、の佐竹司吉さん、佐竹美都子さん父子。もうお一方は、「アトリエ森繍」、の森康次さんです。<br />
　「西陣坐佐織」、の佐竹司吉さん、佐竹美都子さんとは、昨年、４月１日、京都市下京区新町綾小路下ル「船鉾町家」、で開催された、「佐竹司吉　寺田　豊　二人展　花祭り」、の会場で、初めてお会いしました。「京絞り　寺田」、の寺田豊さんが、飛込みで弊店にお越しくださったのは、３年前の秋でした。老舗の、「京絞り」製造問屋、である寺田豊さんは、呉服業界の、従来の流通に、疑問を感じ、現状に危機感を持たれ、流通機構の再構築に取り組まれていました。その過程で、志を同じくする、「服部綴工房」、の服部秀司さんと同行され、弊店を訪ねてこられたのです。製造問屋と小売屋、という立場は違え、呉服業界、その流通の現状に、疑問と危機感を抱いていることにおいては、寺田豊さん、服部秀司さん、と思いを同じくする私は、すぐに意見が一致し、意気投合しました。以来、お二人からのお引き合わせで、「古法江戸染」、の高橋孝之さん、「伊勢型小紋」、の大野信幸さん、「本友禅染」、の木戸源生さん、という素晴しい染織作家の方々とのご縁を頂戴してきました。<br />
　「西陣坐佐織」、の佐竹司吉さんは、寺田豊さんの、旧くからの友人だそうで、以前にも、「二人展」をなさったことがおありだそうです。「船鉾町家」、で開催された、「佐竹司吉　寺田　豊　二人展　花祭り」、の会場で、初めてお会いした佐竹司吉さんは、とてもダンディーな方ですが、ひとたび、言葉を発すると、織物作りへの情熱がほとばしり出ました。娘さんの、美都子さんは、２００４年、アテネ・オリンピックのヨット競技の出場者で、現在は、お父様の跡を受け継ぐべく、織物製作に携わっておられます。「西陣坐佐織」の作品を見せていただき、一つ一つ、丁寧に手作りされている、仕上りに、作り手の、深い愛情が感じられて、是非、弊店での発表をお願いいたしました。先日、佐竹美都子さんが来店され、４月２６日（日）から５月３日（日）までの期間で、開催していただくことになりました。<br />
　「アトリエ森繍」の森康次さんを、ご紹介くださったのは、「家庭画報特選　きものサロン」編集部の矢飼満実子さんです。昨年の秋、矢飼満実子さんからお電話を頂戴し、「森康次さん、という素敵な刺繍をされる作家がおられて、是非、『丸太や』さんで、作品展をされては、と思ったものですので」、とお薦めくださいました。早速、森康次さんの、ホームページを拝見すると、従来、私が刺繍に抱いていた印象と、まるで違う、爽やかな、清々しい、作風でした。メールでコンタクトをとり、何度か対面して、飾らないお人柄を含めて、心酔いたしました。１１月１４日（土）から２３日（月）までの期間で、個展を開催していただくことになりました。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

  <item rdf:about='http://kobeblog.net/u/55264a/4iI5jGsJUHXNgMW27FEq'>
    <title><![CDATA[２００９年１月４日　仕事始め]]></title>
    <link>http://kobeblog.net/u/55264a/4iI5jGsJUHXNgMW27FEq</link>
    <dc:date>2009-01-04T13:25:48+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　今日は、仕事始め。２００９年の商売の、初日です。昨年は、厳しかった。近年、稀に見るほど。今年は、さらに厳しくなる、というのが、大方の予測のようです。しかし、不思議なほど、不安は無い。といって、自信が有るわけではありません。ただ、期待は有る、希望は有る。<br />
　去年、一年、ブログを書き続けて、結局、何をしてきたのか、というと、どうも、商売の自己検証だったように思えます。自分の商売を、見続けてきた、見直してきた。結果は、間違った道を、歩んではいない。このまま、まっすぐ、進んでいけば良いのだ、という結論です。その結論が、私に、期待を抱かせる、希望を持たせてくれるのです。<br />
　随分、以前のことです。３０年ぐらい前でしょうか。当時、神戸を代表する某呉服店を、「立派なお店ですね」、と私が申し上げると、増田文明さんが、「久雄さん、その店は目標になりません。京都の『ゑり善』を目指しなさい。呉服の王道を歩んでおられますから」、とおっしゃってくださったのが、とても印象に残りました。商売は、唯単に、規模の大小ではない。商売の中味だ、と、その時、教えられました。<br />
　未だ、「ゑり善」さんの、足元にも及ばない、商売しか出来ていませんが、志だけは、王道を歩んでいる、心意気です。今日、明日に、すぐに、結果は出せない。しかし、商売の王道を、道を過たず、踏み間違えず、歩めば、いつか、きっと、結果は出る。そう信じて、今年も、一歩、一歩、歩んでまいります。<br />
]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

  <item rdf:about='http://kobeblog.net/u/55264a/HvzS9YdOcCkITm5VAfqR'>
    <title><![CDATA[２００９年１月３日　商売人]]></title>
    <link>http://kobeblog.net/u/55264a/HvzS9YdOcCkITm5VAfqR</link>
    <dc:date>2009-01-03T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　ところで、私は、やはり自分のことは、「商売人」、と自称します。「私は、商人（あきんど）です」、とは言わない。「商売」も、「商（あきない）」、とは言わない。「商売」も「商売人」も、「音読み」ですから、あえて言うと、「外来語」、もう少し正しく言うと、「日本語」化した、「中国語」です。本来の「日本語」であったと思われる、「あきんど」とか「あきない」は、むしろ、非日常語、に属する。「雅語」、と言うのかどうか知りませんが、あえて、「あきんど」とか「あきない」、という言葉遣いをするのは、ちょっと気取った時かもしれない。<br />
　私は、呉服屋の仕事を、「商売」、と呼びますが、人によっては、仕事を、「ビジネス」、と呼んでおられるかもしれません。この「こうべブログ」も、「ビジネスブログ」だそうですから。「ビジネス」、は勿論、「外来語」です。私は、神戸市の、「政策提言会議」のメンバーに加えていただいていた頃、会議の中で、それまで、聞いたことのない横文字が一杯出てきて、一体、何のこと、と戸惑いました。メンバーのお一人であった、彫刻家の新谷?紀先生が、「日本人なんだから、横文字を使わないで、日本語を使いましょう」、と発言されたのが、とても印象的でした。<br />
　私も、なんとなく、横文字を使いたくないな、という気がするのですが、出来るだけ、「外来語」を使わないで、「日本語」を使おう、と考えているのですが、いざ、実行、となると、結構、これが難しい。横文字を使った方が、ピッタリくる。あえて「日本語」に翻訳すると、非日常語になってしまう。無駄な抵抗はやめよう、という気になる。むしろ、横文字でも、何でも取り込むのが、「日本語」かもしれない。「和製英語」、という言葉があるくらい、英語でも、フランス語でも、スペイン語でも、何でも「日本語」にしてしまうのが、「日本文化」の伝統だ。「きものコトバ」の、「襦袢（じゅばん）」、が、そもそも、ポルトガル語なのですから。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

  <item rdf:about='http://kobeblog.net/u/55264a/MIuhApB4VK6f2RsQLHk8'>
    <title><![CDATA[２００９年１月２日　あきんど]]></title>
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    <dc:date>2009-01-02T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　「あきない」、という「言葉」の、我流語源探索は、結構、力が入って、少々、疲れました。眼に来ました。正月早々、その続きは、ちょっと、シンドイ、ので軽く、書き流します。「商人」、と書いて、「あきんど」、と読みます。これは、単純に、「あきない・ひと」、が訛って、「あきんど」、に転化したのでしょう。私は、一応、大学で学んだ、第二外国語は、フランス語で、うろ覚えですが、リエゾン、というのがあって、多分、そんなものでしょう。「商人」、を、「あきんど」、と読むのに似た読み方は、「若人」を「わこうど」、「客人」を「まろうど」、「蔵人」を「くらんど」、などなど。因みに、神戸元町商店街が、毎月、発行している、「こうべ元町新聞」の、巻頭連載は、「商人ＡＫＩＮＤＯじゅずつなぎ」、で、毎号、元町商店街の商店主が登場して、インタビューに答えて、お店の来歴や、営業方針、を語ります。毎回、なかなか、含蓄のあるお話で、読ませていただいて、とっても、タメになります。インタビューの最後には、必ず、「あなたにとって、『もとまちらしさ』、はなんですか」、という質問があって、そのお答えもまた、元町で商売をしている私にとっては、なかなか、興味のあるところです。<br />
<br />
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    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
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  <item rdf:about='http://kobeblog.net/u/55264a/UtRgQI02kHnZ93miDp1X'>
    <title><![CDATA[２００９年１月１日　飽きない]]></title>
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    <dc:date>2009-01-01T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　新年、明けましておめでとうございます。<br />
　昨年暮れ、私のブログは、「商」、を、なぜ、「あきない」、と読むのか、という大問題で、勝手に盛り上がりましたが、新年早々、オマケ、というか、付録、というか、です。<br />
　「春夏冬」、と書いて、「あきない」、と読む。その心は、「秋、無い」、というのは、最低の駄洒落ですが、もう少し、ましな洒落は、「商」、は、「飽きない」、だ。商売は、牛のヨダレ。コツコツ、飽きないで、続けることが肝要。まさしく、私の、ビジネスブログ「商ブログ」、は、「飽きないブログ」です。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
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    <title><![CDATA[２００８年１２月３１日　商行為]]></title>
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    <dc:date>2008-12-31T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　私は、呉服屋、という商売人です。商売人は、販売することを、最大の目的としています。だから、いつも、絶えず、売ることが、頭から離れない。何を売るのか、如何に売るのか、そのことばかり考えている。そんな私にとって、「あきない」、とは、売ることです。売ることとしか、考えていない。しかし、商行為の原点が、物々交換、であるなら、売り手は買い手であり、買い手は売り手だ。売りも、買いも、同じだ。たとえ、今、「物」を売って「金」を貰う、「金」を払って「物」を買う、ということが、商行為であっても、「金」を売って「物」を貰う、「物」を渡して「金」を買う、という金物交換と見做せば、やはり、売り手は買い手であり、買い手は売り手だ。売りも、買いも、同じだ。<br />
　かつて、「売買」に区別はありませんでした。それは、「漢字」の成り立ちが、語っている。「中国人」にとって、「売」も、「買」も、本来、一緒だった。「日本人」も、どうも、同様のようだった。だとすると、「日本人」にとっての、「売」の「あきなう」も、「買」の「あがなう」も、同じだった。多分、「あかなう」、だった。「ア・カナウ」、だった。物々交換、という経済行為が、貨幣経済に発達し、次第に、販売行為と購買行為に分離していき、「貨幣」を仲介して、「売買」が成立するようになった。その結果、「物」を売って「金」を貰う販売者、と、「金」を払って「物」を買う購買者、とを区別する必要に迫られた。「中国語」で、「買」だけだった「漢字」に、「売」を意味する、「賣」という「漢字」が造られた。「日本語」でも、「ア・カナウ」だけだったのが、「カ」が濁って「ガ」になって、「買」を意味する、「ア・ガナウ」になり、「カ」が「キ」に変わって、「売」を意味する、「ア・キナウ」になった。「あきない」、という「言葉」が生まれた、と私は妄想します。<br />
　驚くべき独創的発想、などと、自画自賛する気持ちは、勿論、毛頭ありません。唯、単に、謎解きを楽しんだ、という程度です。しかし、私は、「あきない」、という「日本語」の謎を、私なりに、解き明かす中で、実に多くの発見をした。最大の発見は、販売することも、購買することも、どちらも、同じ商行為だ、ということです。販売者も、購買者も、同じ商行為者だ、ということです。両者は、同じ地平に立っている、同じ土俵に上がっているのです。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

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    <title><![CDATA[２００８年１２月３０日　あきない]]></title>
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    <dc:date>2008-12-30T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　なぜ、「日本人」は、「商」を、「あきない」と「訓読み」したのか。それは、「日本人」にとって、「商」行為が、「あきない」だったからです。では、なぜ、「商」行為が、「あきない」だったのか。そこから先に、一歩も進めませんでした。ヒントは、どうも、「日本人」にとって、「ア」、は、「価値」を表すらしい。ところが、その次に続く、「キナイ」の意味が、皆目、分からない。私は、「商売」が「あきない」だと思っていました。つまり、売ること、販売行為が「あきない」だと。<br />
　とすると、購買行為、買うことを、「日本人」は、どう言ったのか。「あがなう」、という「言葉」が思い浮かびました。「購」、という「漢字」を、「日本人」は、「あがなう」、と「訓読み」した。販売行為が、「あきなう」。購買行為が、「あがなう」。そうすると、「売買」を表現する、「あきなう」、と、「あがなう」、という「日本語」が相似形、であることに気づきました。「ア・キナウ」、と、「ア・ガナウ」。「ア」、が「価値」を意味する、と仮定すると、「キナウ」、は、「売」、を意味し、「ガナウ」、は、「買」、を意味する。私は、「ガナウ」、は、「カナウ」、ではなかったか、と想像しました。「ア・カナウ」、では言いづらい。言い易いように、「カ」、が濁って、「ア・ガナウ」、になったのではないか、と。「ア・カナウ」、であるなら、「ア」、すなわち、「価値」、が、「カナウ」、すなわち、「叶う」。希望通りの価値がある、だから購入する、という意味になる。<br />
　しかし、どう転んでも、「ア・キナウ」、の、「キナウ」、が分からない。そこから、いよいよ、一歩も進めませんでした。ところが、先日、小林秀雄の、「ドストエフスキーについて」、というドストエフスキーの文芸評論集を読んでいて、「白痴」、について書いてある文章の中の、一文字に、眼が点になりました。「贖」、という「漢字」に、「あがなう」、とルビが打ってあったのです。私は、「あがなう」、の「漢字」は、「購」、だと思っていたので、「贖」、という「漢字」も、「あがなう」、と「訓読み」することに、突然、眼が開いたのです。「贖」、という「漢字」は、「貝」偏に、旁（つくり）が、「賣」、が付いている。「賣」、とう「漢字」は、「売」、と同じです。「貝」、は「貨幣」ですから、「貨幣」、と、「売」、が一緒になっている。もしかする、「売」、と、「買」、は本来、同じことを意味していたのではないか。「売買」、という商行為、そのものを意味していたのではないか。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

  <item rdf:about='http://kobeblog.net/u/55264a/0XG6yUcf1onm5PxWSZa3'>
    <title><![CDATA[２００８年１２月２９日　珍説]]></title>
    <link>http://kobeblog.net/u/55264a/0XG6yUcf1onm5PxWSZa3</link>
    <dc:date>2008-12-29T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　世の中には、ヂンギスハーンは源義経だった、という、マコトシヤカナ、珍説があるぐらいですから、私の珍説を、ブログに書くぐらいは、許されて良いでしょうか。珍説の続編です。私は、「店」、という「漢字」を、「みせ」、「たな」、と「訓読み」したことの中に、「日本人」の、「店舗」に対する、考え方、捉え方、が端的に表現されていることに気付かされました。であるなら、商売人の私にとって、一番、大事な「言葉」、「商」、を、なぜ「日本人」は、「あきない」、と「訓読み」したのか、を考えたのです。<br />
　ところが、「商」、はなぜ、「あきない」、なのか。これは、難問でした。難問中の難問でした。どう、コジツケようと、デッチアゲようと、「商」、を「あきない」、と「訓読み」した理由が、根拠が、思い浮かばないのです。呉服屋として、今、私が、日々、取り組んでいる仕事が、なぜ、「あきない」、なのか。都合、２年間、考え続けました。しかし、分からない。<br />
　思いがけないところに、ヒントが見つかりました。この秋に読んだ、大野晋「日本語の年輪」新潮文庫、の中に。「日本語の年輪」は、私たち日本人が、普段、何気なく使っている「言葉」の由来、語源を説き明かしているのですが、その中で、「あたらしい」、という「言葉」について、大野晋が、こう書いているのです。「アタラシイという言葉は、実をいえば、古くから『新』という意味を表すことばではなかった。これは経済行為に伴って発達して来た言葉らしい。」一瞬、ドキッとしました。続けて、「よく知られているように、商業が発達して来て、貨幣が流通するまえは、物と物とを交換するのが経済生活だった。物と物とを交換するには、甲のものと乙のものとの、値打ちが同じでなくてはならない。甲のものが乙のものにアタルとき、交換が成立する。物の値段のアタヒというのは、このアタルと関係がある。」<br />
　私は、「ア」、とは、「日本人」にとって、「価値」、すなわち、「アタヒ」、ではなかったか、と推測します。「アタル」、とは、「ア」、が、「タル」。つまり、「価値」が「足る」。値打ちに満足する、ということではないか。「ア」、が「価値」、だとすると、「あきない」、は、「ア・キナイ」、になる。しかし、「ア」、が「価値」だとして、では、「キナイ」、は何か。ここで、万事休す。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
  </item>

  <item rdf:about='http://kobeblog.net/u/55264a/Xg1L6KvwiCQBkaz0obJu'>
    <title><![CDATA[２００８年１２月２８日　店舗]]></title>
    <link>http://kobeblog.net/u/55264a/Xg1L6KvwiCQBkaz0obJu</link>
    <dc:date>2008-12-28T10:30:00+09:00</dc:date>
<description><![CDATA[　私が、「日本の歴史　第１０巻　下克上の時代」永原慶二執筆、を読んで、感銘を受けたのは、室町時代、商業、手工業の発展に伴って、常設の「市場」が誕生し、「店舗」が登場し、その「店舗」を、「日本人」が、「みせ」と呼び、「たな」と呼んだことでした。つまり、「店舗」を「表意」する、「店」、という「漢字」を、「日本人」は、「みせ」、「たな」、と「訓読み」した。「中国語」の読み方である、「テン」、という「音読み」と別に、「みせ」、あるいは、「たな」、と「訓読み」したことの中に、「日本人」が、「店舗」とは何か、を考えていた考え方、捉えていた捉え方、が如実に表れているからです。<br />
　「日本人」は、「店舗」を、商品を「みせ（見せ）」る所、商品を「みせ」るための「たな（棚）」を置く所、と考えていた。だから、「店舗」を「表意」する、「店（テン）」、という「漢字」を、「みせ」、「たな」、と「訓読み」した。「日本人」が、「店」を、「みせ」と読み、「たな」と読んだ、そのことの中に、「日本人」が、「店舗」を、どう考えていたか、どう捉えていたか、が良く分かります。「店舗」、とは、商品を陳列し、商品を展示する場所だ、ということです。呉服屋になって、商売人になって、３６年、私にとっての、「店舗」、もまた、商品を陳列し、商品を展示する場所だ。商売人の仕事は、お客様に、商品をお見せし、商品の良さをお伝えすることだ。「店舗」こそ、その為に、とても大切な場所だ。<br />
　私は、「店（テン）」を、「みせ」、「たな」、と読み下したことの中に、「日本人」の、「店舗」に対する、考え方、捉え方、を知ると同時に、それが、「店舗」の本質と合致していることに、感銘を受けました。そして、「店」、という「漢字」だけではなく、すべての「漢字」において、「日本人」が、「漢字」を「訓読み」する、その読み方の中に、いみじくも、「日本人」の、思想、感情、判断、その総体としての、「日本文化」が表現されていることに、思い至りました。]]></description>
    <dc:creator>株式会社丸太や</dc:creator>
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